「こころ」を忘れてはいないか

今も昔も沖縄は特別扱いだったわけです。
特別扱いされている方を見て声を上げない訳には行かない方がいます。

「命は平等」の法律求める
民間人の戦争被害補償~交流集会の報告 / 栗原佳子

2011年11月16日  アジアプレスネットワークより
空襲や艦砲射撃など戦争被害に遭った全ての民間人への国家補償実現を求める交流集会が2011年8月11日、那覇市の沖縄県男女共同参画センター「てぃるる」で開かれた。
立法化の運動を進める「全国空襲被害者連絡協議会(空襲連)」と「沖縄10・10大空襲・砲弾等被害者の会」が主催。
 沖縄の戦争体験者や遺族をはじめ、東京大空襲訴訟の原告や弁護団、九州の空襲体験者ら100人が参加した。運動を全国に広げるため、住民を巻き込んだ激しい地上戦が展開された沖縄を皮切りとして、全国各地で交流集会を開いていくという。

主催者を代表して最初に空襲連共同代表で東京大空襲訴訟弁護団長の中山武敏弁護士があいさつ。
 2010年8月発足の空襲連について、「東京大空襲訴訟は一審で敗訴したが、裁判所は『一般戦争被害者を含めた戦争被害者に対する救済、援護は国会が立法を通じて解決すべき問題である』と明言した。それが空襲連結成につながった」と振り返り、
「これまで国会には『戦時災害援護法案』が14回も提出されているが、与党の反対で成立しなかった。これ以上放置することは許されない」と述べた。
続いて「沖縄10・10大空襲・砲弾等被害者の会」顧問弁護団長で、東京大空襲訴訟弁護団の瑞慶山茂弁護士が、「放置された沖縄民間戦争被害者の実態と救済立法の内容と展望」について特別報告を行った。
 沖縄戦の場合、「戦闘参加者」と認定された戦争被害者は、準軍属として扱われ、戦傷病者戦没者遺族等援護法の対象とされている。しかし、それ以外の戦争被害者には補償はないまま。その数は死者・負傷者あわせ、推計で10万人にものぼるという。
 瑞慶山弁護士は、「きわめて不条理で合理的理由がなく、憲法の定める法の下の平等に違反している。『戦闘参加者』という不条理な条件をなくして、戦争に起因して死亡・負傷した人は全員補償すべき。命は平等だという観点からも新しい法体系をつくるべき」だと強調した。
 「沖縄10・10大空襲・砲弾等被害者の会」は、2010年10月に発足。空襲連の加盟団体の一つで、立法化に向け署名活動を展開。東京、大阪に続き、集団訴訟の提起も検討している。
 同会代表世話人の安里清次郎さん(76)は沖縄戦当時10歳。在郷軍人による「防衛隊」に召集された父は戦死。母と姉、2人の妹も南部の激戦地で相次いで倒れ、一人ぽっちになった。
 安里さんは切々と体験を語り、「さびしくて辛くて。夢も希望もなかった。戦後66年、日本政府から一銭の援助も謝罪もなかった。国から、すまなかったといってほしい」と声を詰まらせた。
 会場からも発言が相次いだ。
 内間善孝さん(74)も戦争孤児。6人家族で南部戦線を逃げ惑い、一人生き残った。
「終戦後は親のいない苦しい生活。幸福な生き方ではありませんでした。戦争さえなければ幸福だったのにと、いつも思っています」と、訥々と言葉を振り絞った。
 母親がサイパンで亡くなったという男性は「こういう運動があるのを心待ちにしていた。原告に加わりたい」と期待を込めて話した。
 「新聞うずみ火」:http://uzumibi.com/


「これまで国会には『戦時災害援護法案』が14回も提出されているが、与党の反対で成立しなかった。これ以上放置することは許されない」と述べた。
沖縄戦の場合、「戦闘参加者」と認定された戦争被害者は、準軍属として扱われ、戦傷病者戦没者遺族等援護法の対象とされている。しかし、それ以外の戦争被害者には補償はないまま。その数は死者・負傷者あわせ、推計で10万人にものぼるという。
瑞慶山弁護士は、「きわめて不条理で合理的理由がなく、憲法の定める法の下の平等に違反している。『戦闘参加者』という不条理な条件をなくして、戦争に起因して死亡・負傷した人は全員補償すべき。命は平等だという観点からも新しい法体系をつくるべき」だと強調した。
戦争で亡くなった方の遺族、負傷された方々すべてに援護金を支給しろと言っているんですね。
沖縄県民だけに援護法を拡大適応したのは許さない、俺にもくれ!
と言っている様に聞こえる方がいるかもしれません。

しかし、終戦直後の日本国民は大多数の方が遺族だったり負傷したり、家屋・財産を失った方達ばかりだったのではないでしょうか。
戦後60余年が経過しています。
今になって、日本政府へ補償を請求するということは昭和30年頃以降に生まれた現在の現役世代に補償金を工面させるということと同じである事に気がついているのでしょうか。

この集会が行われた日をさかのぼる事約半年前、こんな報道もありました。
援護法申請 却下処分取り消しを求め訴訟
2011年3月2日 QAB News
沖縄戦で家族を亡くした男性が、戦傷病者戦没者遺族等援護法の弔慰金の申請を却下されたのを不服として、国を相手に、却下処分の取り消しを求める訴訟を起こしました。
会見を開いた原告と弁護団によりますと、原告の内間善孝さんは、沖縄戦で、母親と弟2人を亡くしました。3人は、軍に壕を提供した数週間後、再び同じ壕に戻ろうとして、アメリカ軍の銃撃を受けたということです。
内間さんは、3年前に、援護法に基づく弔慰金の支払いを申請しましたが、「3人は戦闘参加者と認められず、準軍属には当たらない」として、申請はいずれも却下されたということです。
原告の内間さんは「非常に不服ですね。同じ命だからですよ、軍人の人たちも民間の人たちもですね」と話しています。内間さんは、亡くなった3人が準軍属にあたらないとの判断は違法であるとして、1日、却下処分の取消を求める訴訟を起こしました。
今後、司法の場で弔慰金の支払いを求めることになります。

この内間さんは、先の内間さんと同一人物なのでしょうか。

内間さんのお母さんと弟さん二人がお亡くなりになった事はお悔やみ申し上げます。
しかし、なぜ援護法申請が3年前(2008年?)なのでしょうか。
もっと早く申請していたら申請が受理されていたかもしれません。

うつろな目の少女の偽者として有名な大城盛俊氏も援護法申請をしていますが却下されています。
狼魔人日記 嘘と知りつつスクープ記事!オカッパの少年より
七五年に転職で沖縄に帰郷。援護法の障害年金が一般住民にも支給されることを知った。
 大城さんが援護法適用を申請したのは八八年。戦後四十三年もたっていた。
<中略>
 厚生省は九二年、日本兵の暴行による障害は「援護法の規定外」として、申請を却下した。
 沖縄の一般住民が、援護法の「戦闘参加者」として認定されるためには、「日本軍への協力」が前提だ。住民が、戦争で受けた被害を補償するものではなかった。


七五年に転職で沖縄に帰郷。援護法の障害年金が一般住民にも支給されることを知った。
沖縄以外では援護法が一般住民に適用されていないから知りようが無かった訳ですね。
沖縄が「特別」だったわけです。

長年、特別扱いをし続ける事によって
それを当然の権利と主張する様になってしまってはいけないと思います。
可愛さのあまり大事にしすぎて端から見たら「甘やかせている」と思われる子育ては
時に重大な事件を起こす事があります。
在日特権と言われるモノもそうではないでしょうか。
生活保護はどうでしょうか。

学校でも特定の生徒を熱心に指導するとその他の生徒達は差別されていると感じるのではないでしょうか。
学校代表、県代表、国代表となる方は他の方達の期待を背負っています。
ですから、一般の方達よりもさらに高いレベルのことが要求されます。

特別扱いを受けるものはその事をしっかりと自覚し
他の方達に対して恥ずかしくない様に一層精進する必要があると思います。


[PR]

  # by hiro0815x | 2012-06-16 16:40

不毛な事はやめよう

沖縄靖国訴訟、最高裁棄却に思うの続きですが
沖縄で援護法申請がどのように行われたのか、狼魔人日記の石原教授の致命的証言!援護法申請でからみてみましょう。
簡単に言えば本来軍属にのみ適用されるはずの「援護法」を政府主導で強引に沖縄住民に適用するように政令を発して特例を設け、住民の中の「戦闘参加者」を適用対象としたのである。

「援護法」の申請の流れはこうだ。

住民(遺族)
  ↓
各市町村の援護課
  ↓
琉球政府
  ↓
厚生省援護局


 そして各担当部門で出来るだけ「『非該当者』を『該当者』となるように救う」という思惑が働いた。 昨日紹介したように厚生省側でも祝嶺さんのような沖縄出身者を担当職員に配置転換し出来るだけ「援護法』の適用させるように指導した。
 当初は市町村の窓口でも申請書の記入などに不慣れな職員が多く、多くの申請書が厚生省側から突きき返されたという。 だがそれには厚生省側の「受理されるノウハウ」の指導が付いており、結局要領を掴めば簡単に「戦闘参加者」として受理れ援護金支給の対象となった。
 政府(厚生省)、琉球政府、各市町村の三者が「出来るだけ受理する」という思惑で動けば、その申請手続きの過程で、どうしても該当しない申請者に虚偽の申請をするものが出てきても、見て見ぬふりをするどころ積極的に「偽造申請書」に加担する者も多かった。 組織ぐるみで加担した場合も多かったと聞く。
 「援護法」の研究者を自認する石原昌家沖国大名誉教授は、申請書を書けない住民に代わって申請書を書く手伝いをしたと語っている。 この石原氏、援護法の研究だけやっておればそれなりの評価をされたのだろうが、沖縄で名声を得るには反日左翼複合体に迎合する必要を感じたのか、イデオロギー丸出しの論調で新聞紙上を賑わし「集団自決」訴訟では被告の大江・岩波側の弁護に回り、「軍命派」の論陣を張った。


マスコミも弁護団もこの事を知っていながら訴訟に持ち込むのは左翼お得意の「自爆訴訟」なのでしょうか。
このような訴訟は不毛です。

それよりも「負けても弁護費用は頂きます」であれば原告は「だまされた」ということになります。
もっとも原告団も同じ穴の狢で「国に対する牽制としての訴訟」だったとしたら
国に時間と労力を無駄遣いさせたあなた達にとって意味のある訴訟だったでしょう。

同じ穴の狢でないのであれば
負けると解っていて訴訟に持ち込んだ「援護法と靖国合祀に関する説明が不足」という理由で
「原告」が「弁護団とマスコミ」を訴えることが可能ではないでしょうか。

日本人全員で
戦争で命を落とされた方々、戦時中・戦後の日本を支えてくれた
すべての日本人に対して感謝の気持ちをもちながら「ありがとう」と手を合わせる事ができるような日が来る事を願っています。



[PR]

  # by hiro0815x | 2012-06-16 16:39 | 沖縄

沖縄靖国訴訟、最高裁棄却に思う

沖縄靖国訴訟、原告敗訴 最高裁が棄却
沖縄タイムス 2012年6月15日
 肉親が靖国神社に無断で祭られているのは精神的苦痛だとして、遺族5人が同神社と国を相手に、神社所有の祭神簿から肉親の氏名抹消などを求めた合祀(ごうし)取り消し訴訟で、最高裁第2小法廷(竹内行夫裁判長)は14日までに、上告審として受理せず上告を棄却した。13日付。遺族側の敗訴が確定した。
 同訴訟団と弁護団は14日、「人権侵害の現実から目を背けて形式的な判断を行い、司法の果たすべき役割を放棄し続ける最高裁に強く抗議する」との声明を発表した。
 原告団長の川端光善さん(76)は「靖国への合祀は不名誉そのもの。残念の一言だ」と声を落とした。
 川端さんは沖縄戦で当時47歳の母と18歳の兄を亡くした。「母は農家の主婦で軍とは一切関係ないのに軍属として合祀されている。名簿から名前を削り、その間違いを正そうとしただけだ」と語気を強める。その上で「靖国合祀は国に利用されることを意味する。合祀取り消しは、私にとっての戦後処理であり、その思いはずっと変わらない」と強調した。
 同訴訟では、原告が訴えた沖縄戦の歴史が捏造(ねつぞう)され、援護法という国の政策で肉親が無断で合祀されたという事実について、一審、二審とも「原告の権利が侵害されたとは認められない」として、判断に踏み込まなかった。
 池宮城紀夫弁護団長は「沖縄の歴史を踏まえた上で憲法違反を主張してきたが、最高裁が受理しないということは、沖縄戦の実相がまったく無視されたことになる。県民にとっても極めて遺憾な決定だ」と怒りをあらわにした。
 同訴訟は2008年3月に提起。一審那覇地裁は10年10月「原告らの信教の自由の妨害を生じさせる具体的行為はなかった」として請求を棄却した。二審福岡高裁那覇支部は11年9月、合祀が沖縄戦の戦没者を冒涜(ぼうとく)するとの遺族側主張に対し、同神社の「教義や宗教的行為そのものを否定することにもつながりかねない」と判断して棄却。弁護団は、同判断が全国の同様な訴訟でも初めてで「合祀について踏み入ること自体が憲法上許されないとも読み取れる極めて不当な判決だ」と批判して同月、最高裁に上告していた。


靖国神社をwikiで調べると合祀手順というものがあります。戦前、戦後と手順に違いがあるようなのですが
戦後
戦後になると合祀制度は形を改めたが、昭和27年(1952年)当時には未合祀の戦没者が約200万人に上り、遺族や元軍人を中心に「合祀促進運動」が起こった。これに対応するため、同31年に厚生省(当時)が定めた新しい合祀手順は次の通りである[25]。
 1.厚生省引揚援護局が各都道府県に対し「靖国神社合祀事務協力」という通知を出す。
 2.各都道府県は、昭和28年8月に成立した恩給法と戦傷病者戦没者遺族等援護法で「公務死」と認められた者を
   「合祀予定者」と選び、厚生省引揚援護局に提出する。
 3.その名簿を厚生省から靖国神社に送付する。
 4.靖国神社にて、名簿により合祀する。
なお合祀に関して、靖国神社広報課では戦前戦後を通して祭神合祀にあたっての遺族への連絡はするが事前の合意は取らない、としており、本人・遺族の意向は基本的に考慮されずに神社側の判断のみで行われている。このため、遺族が不満を抱き裁判に至っているものもあるが、靖国神社による遺族に対する同意なき合祀によって、原告遺族らの法的利益が侵害されたと認めらる判決は下されていない[26]。
被祀者の遺骨・位牌などはない。まず真っ暗闇の夜に氏名、軍における所属・階級、位階、勲等などを筆書きし、「人霊」を「霊璽簿(れいじぼ)」(旧称「祭神簿」)と称される名簿に移す。次に靖国神社の神体とされる鏡に「霊璽簿」を写し、合祀祭を行うことで「人霊」を「神霊」へと化す。このようにして「御霊(みたま)」を招来し、身分、職業、年齢、性別にかかわりなく、手厚く祀っているという[27]。祭神は氏名の最後に「命(みこと)」または「媛命(ひめのみこと)」を付し、例えば山本五十六だと「山本五十六命(やまもといそろくのみこと)」の様に呼称する。



狼魔人日記 ヤクザのいいがかり!沖縄靖国訴訟、原告敗訴 最高裁が棄却で解りやすく解説されていますのでぜひご覧ください。

大田実海軍中将が自決の数日前に海軍次官へ送った「沖縄県民斯ク戦ヘリ」の結語で有名な電文の「県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲを実行するため、戦後厚生省がなりふり構わず行ったのが「援護法の拡大解釈」による主婦や子どもなど非軍属への援護金適用である。

国は大田中将の「沖縄県民に対して後世になっても特別の配慮をお願いする」という遺言を忠実に執行するため、あえて「歴史の捏造」をしたと言うことができる。
<中略>
それが、「沖縄戦の歴史が捏造(ねつぞう)され、援護法という国の政策で肉親が無断で合祀された」と言うことになる。

翻訳すればこうなる。

「国は大田中将の遺言を守るため、援護法を拡大解釈し本来なら軍人だけに支給される援護法を、主婦や6歳以下の子どもにまで適用し、援護金を支給した。 適用の条件として軍に対する壕提供や食料提供の他に『軍命令による集団自決』も含まれたいた」

これが「国による歴史の捏造」の意味である。
従って原告側が戦没者の冒涜云々を主張するなら、少なくとも長年にわたって受給してきた「援護金」の総額を叩き返してから、訴訟を起こすべきではないか。

「援護金」の非軍属以外への例外的支給は沖縄だけである。

国が行った善意の「拡大解釈」を享受し、カネだけは貰うが合祀は許せない・・・これではヤクザの言い掛かりと言われても仕方が無いではないか。


大田実海軍中将の言葉に多くの日本人が感動・共感し、また祖国と切り離された沖縄の事を思うが故に
沖縄戦で亡くなった方、そのご遺族の力になるためにと
法の拡大解釈をして本来対象ではない援護金を、支給しそれを日本国民が黙認していた。



戦時中の沖縄県民は日本を守る為に必死で働いたのだと思います。


その働きに対して太田実海軍中将はとても感謝していたのだと思います。


沖縄県の復興には戦時中に一所懸命頑張っていた沖縄県民と
その事を適切に評価し、本部へしっかりと伝えた太田実海軍中将
ならびに、太田実中将の電文を胸に刻みそれに答えた政府、日本国民そして御皇室の御配慮があったからこそなのではないでしょうか。

沖縄県民はその事を忘れてはいないでしょうか。


[PR]

  # by hiro0815x | 2012-06-16 16:38 | 沖縄

6月23日慰霊祭 護国神社と波上宮と摩文仁の丘

パンドラの箱掲載拒否訴訟の口頭弁論が6月19日に行われます。
ぜひ応援してください。
また上原正稔氏を支援する三善会へのご協力をお願いいたします。


  ■「パンドラの箱掲載拒否訴訟」
第八回口頭弁論
  日時 :6月19日(火) 午前十一時より
  場所: 那覇地方裁判所
■報告会
  日時: 同日      午前11時半より
  会場 :沖縄県護国神 社社務所内会議室
尚、7月17日(火)の午後には、いよいよ証人尋問が行われます。
 上原正稔を支援する三善会にご協力をお願いします。
 現在、琉球新報の言論封殺に対し、徒手空拳で戦いを挑んでいるドキュメンタリー作家上原正稔氏の「パンドラの箱掲載拒否訴訟」はこれまで皆様のカンパにより戦いを継続してきましたが、沖縄のマスコミから村八分状況の上原氏は現在闘争資金に不足をきたしています。
担当弁護士の先生も手弁当で支援して下さっていますが、打ち合わせ等をするにも交通費等の出費を無視できません。
 沖縄の閉塞した言論空間に戦いを挑んでいる上原さんの訴訟にカンパ協力をお願いしております。
--------------------------------------------------------------------------------
ゆうちょ銀行からの振込の場合
【金融機関】ゆうちょ銀行
【口座番号】記号:17010 口座番号:10347971
【名  義】サンゼンカイ
--------------------------------------------------------------------------------
ゆうちょ銀行以外の金融機関からの振込の場合
【金融機関】ゆうちょ銀行
【店  名】七〇八(読み:ナナゼロハチ)
【店  番】708
【口座番号】普通:1034797
【名  義】サンゼンカイ

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

○沖縄全戦没者追悼式前夜祭
 戦没者の御霊を慰め、世界の恒久平和を願い、「平和の鐘」を鳴らし「奉納舞曲」を献奏します。
 日時:平成24年6月22日(金) 午後7時~午後8時半
 場所:沖縄平和祈念堂(沖縄県糸満市摩文仁)
 お問い合わせ:沖縄平和祈念堂 098-997-3011
 沖縄平和記念堂ホームページはこちら
 ※また、6月23日は平和祈念堂の参観料を無料とし、「沖縄平和祈念像」をとおして、
  戦没者の鎮魂と世界の恒久平和を祈念します。

○沖縄全戦没者追悼式
 日時:平成24年6月23日(土) 午前11時50分~午後0時40分
 場所:平和祈念公園(沖縄県糸満市摩文仁)
 財団法人沖縄県平和祈念財団のホームページはこちら

○平和祈念資料館の無料公開
 6月23日(土)は、沖縄県平和祈念資料館を無料で公開し、戦争の悲惨さと
 戦後の復興推移等の展示を通して平和の尊さを訴えます。
 開館時間:午前9時~午後6時
 お問い合わせ:沖縄県平和祈念資料館 098-997-3844
 沖縄県平和祈念資料館ホームページはこちら

 ※式典当日は、原則として平和祈念公園内への駐車はできませんので、
ご来場の際はバスなどの公共交通機関をご利用ください。

 ※例年、平和祈念公園周辺は日差しが大変強くなりますので、日傘や帽子
を用意するなど、十分な避暑対策の上、お越しください。


県庁発の無料シャトルバスもあります
道路はかなり混み合いますので御参考にどうぞ。


平和祈念資料館へ行かれる方はこの本を読んでから行っていただくといいと思います。「沖縄県平和祈念資料館」その真実―偏向展示、実態はこうだ-伊藤-玲子
資料館解説の嘘を確かめてください。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

慰霊の日祭典御案内
拝啓 初夏の候 貴台には益々御健勝のこととお慶び申し上げます。
当社では、六月二十三日慰霊の日の祭典を下記の通り斎行いたしますので、
ご多用の事と存じますが、お知己ご家族お誘い合わせの上、皆様方多数
御参列、御参拝下さいますよう御案内申し上げます。 敬具
 平成二十四年六月吉日
               沖縄県護国神社
  記
沖縄全戦没者慰霊祭
日時 平成二十四年六月二十三日(土)正午
   正午より黙祷をいたしますので祭典開始十分前に御参集下さい
   祭典時間以外でも随時自由に御参拝下さい(午前九時から午後五時まで)
場所 那覇市奥武山鎮座 沖縄県護国神社
            那覇市奥武山町四十四番地
            電話098-857-2798 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


第2回 「島守・防人に感謝する集い」のお知らせ
戦後の世代から島守・防人となった先輩方に感謝する集いです。
熾烈な地上戦が行われた沖縄において、史実を無視しての日本軍や従軍体験者に対する批判が多いことを悲しむ戦争体験者の方々の声を受け、昨年から始まりました。

日時 6月23日(土) (慰霊の日)13時30分から(慰霊祭は12時から)
「沖縄全戦歿者慰霊祭」(12時~13時)
「第二回 島守・防人に感謝する集い」

第一部 感謝の式典
第二部 映画上映「鎮魂と平和への祈り」(天皇陛下の慰霊のお姿について)
第三部 記念講演「日本の誇り・沖縄の誇り」
       講師 大山晋吾先生(波上宮禰宜・元靖國神社広報課長)
参加費1000円
記念講演の講師は、靖國神社から波上宮(なみのうえぐう)に転任された大山晋吾先生です。大山先生といえば、遊就館の発展に尽力され、靖国の心と英霊のお姿を伝える活動で有名です。
「(多くの英霊が眠る)沖縄県は西の靖國神社だと思っています」とは大山先生の決意のお言葉です。
多くの戦歿者が眠る沖縄県で、6月23日の「慰霊の日」にこのような集いを行うことに意義を感じます。
どうぞご参加くださいませ。
連絡先:坂本 090-6831-0989
[PR]

  # by hiro0815x | 2012-06-15 20:18 | 沖縄

横田めぐみさんを取り戻せ

横田めぐみさん 「04年死亡」記載 平壌保健省資料
産経新聞 6月15日(金)14時59分配信
 【ソウル=加藤達也】韓国紙、朝鮮日報は15日、韓国の拉致被害者家族でつくる「拉北者家族会」の崔成龍(チェソンヨン)代表が、日韓拉致被害者7人の「死亡確認書」の内容を書き写したとされる文書を入手したと報じた。内容には横田めぐみさん=拉致当時(13)=も含まれ、「2004年12月14日死亡」と記載されているという。
 北朝鮮内部関係者が平壌にある保健省関係機関に保管されていたものを書き写したとしており、死亡確認書原本の発行機関は平壌郊外の「第49予防院」となっている。
 朝鮮日報は内容について韓国の情報当局などに真偽判定を要請したが、当局は「判定しにくい」としたといい、文書の信憑(しんぴょう)性は不明。
 北朝鮮は、横田さんの安否について02年の日朝首脳会談で「1993年死亡」としたが、その後目撃証言が出ると「94年に死亡」に変更。04年11月には横田さんのものだとする「遺骨」を日本側に引き渡したが、鑑定でニセものと判明。今回の「死亡確認書」の内容では遺骨引き渡し後に「死亡」したことになり、めぐみさんの安否に関する北朝鮮の主張の信用性がさらに落ちたといえそうだ。
 7通の中には韓国人拉致被害者の申淑子(シンスクジャ)さんらも含まれている。

一日も早くめぐみさんたちを取り戻しましょう。




このアニメ「めぐみ」は北朝鮮による日本人拉致問題HPのここからダウンロードできます
日本語版のほか英語版/中国語版/韓国語版/ロシア語版/フランス語版/スペイン語版/ドイツ語版/イタリア語版がダウンロードできます。



このフラッシュアニメーションのもととなったマンガ「家族愛」はPDFでダウンロードする事もできます。
新潟県HP マンガ小冊子「家族愛」~拉致問題を絶対に忘れない~をご紹介します
↑よりどうぞ。

北、中井洽と四回密会
第19174号 國民新聞 平成24年5月25日(金曜日)(沖縄県民斯ク戦ヘリ)より
北朝鮮の宋日異日朝交渉担当大便と民主党の中井拾元拉致担当相が過去四度会談していた。
宋大使は四月十六日、平壌市内のレストランで、ミサイル発射に前後して訪れていた訪朝団のメンバー約二十人と面会。

「先方からリクエストがあり、四回会った」と中井との会談を認めた上、
「彼には理念が感じられない」と交渉相手として不充分との認識を示した。

「会いたいという人間がいれば、どの党の誰とでも会う」と述べたという。

中井は宋大使との接触を認めていないが、政府関係者は
「中井氏は首相側に接触を事前に連絡し、会談結果も伝えている。
首相側は中井氏に交渉権限は与えず、黙認していた」と明かす。


中井洽、民主党が力不足いや、不適切だと思います。
[PR]

  # by hiro0815x | 2012-06-15 20:17

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE