沖縄靖国訴訟、最高裁棄却に思う

沖縄靖国訴訟、原告敗訴 最高裁が棄却
沖縄タイムス 2012年6月15日
 肉親が靖国神社に無断で祭られているのは精神的苦痛だとして、遺族5人が同神社と国を相手に、神社所有の祭神簿から肉親の氏名抹消などを求めた合祀(ごうし)取り消し訴訟で、最高裁第2小法廷(竹内行夫裁判長)は14日までに、上告審として受理せず上告を棄却した。13日付。遺族側の敗訴が確定した。
 同訴訟団と弁護団は14日、「人権侵害の現実から目を背けて形式的な判断を行い、司法の果たすべき役割を放棄し続ける最高裁に強く抗議する」との声明を発表した。
 原告団長の川端光善さん(76)は「靖国への合祀は不名誉そのもの。残念の一言だ」と声を落とした。
 川端さんは沖縄戦で当時47歳の母と18歳の兄を亡くした。「母は農家の主婦で軍とは一切関係ないのに軍属として合祀されている。名簿から名前を削り、その間違いを正そうとしただけだ」と語気を強める。その上で「靖国合祀は国に利用されることを意味する。合祀取り消しは、私にとっての戦後処理であり、その思いはずっと変わらない」と強調した。
 同訴訟では、原告が訴えた沖縄戦の歴史が捏造(ねつぞう)され、援護法という国の政策で肉親が無断で合祀されたという事実について、一審、二審とも「原告の権利が侵害されたとは認められない」として、判断に踏み込まなかった。
 池宮城紀夫弁護団長は「沖縄の歴史を踏まえた上で憲法違反を主張してきたが、最高裁が受理しないということは、沖縄戦の実相がまったく無視されたことになる。県民にとっても極めて遺憾な決定だ」と怒りをあらわにした。
 同訴訟は2008年3月に提起。一審那覇地裁は10年10月「原告らの信教の自由の妨害を生じさせる具体的行為はなかった」として請求を棄却した。二審福岡高裁那覇支部は11年9月、合祀が沖縄戦の戦没者を冒涜(ぼうとく)するとの遺族側主張に対し、同神社の「教義や宗教的行為そのものを否定することにもつながりかねない」と判断して棄却。弁護団は、同判断が全国の同様な訴訟でも初めてで「合祀について踏み入ること自体が憲法上許されないとも読み取れる極めて不当な判決だ」と批判して同月、最高裁に上告していた。


靖国神社をwikiで調べると合祀手順というものがあります。戦前、戦後と手順に違いがあるようなのですが
戦後
戦後になると合祀制度は形を改めたが、昭和27年(1952年)当時には未合祀の戦没者が約200万人に上り、遺族や元軍人を中心に「合祀促進運動」が起こった。これに対応するため、同31年に厚生省(当時)が定めた新しい合祀手順は次の通りである[25]。
 1.厚生省引揚援護局が各都道府県に対し「靖国神社合祀事務協力」という通知を出す。
 2.各都道府県は、昭和28年8月に成立した恩給法と戦傷病者戦没者遺族等援護法で「公務死」と認められた者を
   「合祀予定者」と選び、厚生省引揚援護局に提出する。
 3.その名簿を厚生省から靖国神社に送付する。
 4.靖国神社にて、名簿により合祀する。
なお合祀に関して、靖国神社広報課では戦前戦後を通して祭神合祀にあたっての遺族への連絡はするが事前の合意は取らない、としており、本人・遺族の意向は基本的に考慮されずに神社側の判断のみで行われている。このため、遺族が不満を抱き裁判に至っているものもあるが、靖国神社による遺族に対する同意なき合祀によって、原告遺族らの法的利益が侵害されたと認めらる判決は下されていない[26]。
被祀者の遺骨・位牌などはない。まず真っ暗闇の夜に氏名、軍における所属・階級、位階、勲等などを筆書きし、「人霊」を「霊璽簿(れいじぼ)」(旧称「祭神簿」)と称される名簿に移す。次に靖国神社の神体とされる鏡に「霊璽簿」を写し、合祀祭を行うことで「人霊」を「神霊」へと化す。このようにして「御霊(みたま)」を招来し、身分、職業、年齢、性別にかかわりなく、手厚く祀っているという[27]。祭神は氏名の最後に「命(みこと)」または「媛命(ひめのみこと)」を付し、例えば山本五十六だと「山本五十六命(やまもといそろくのみこと)」の様に呼称する。



狼魔人日記 ヤクザのいいがかり!沖縄靖国訴訟、原告敗訴 最高裁が棄却で解りやすく解説されていますのでぜひご覧ください。

大田実海軍中将が自決の数日前に海軍次官へ送った「沖縄県民斯ク戦ヘリ」の結語で有名な電文の「県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲを実行するため、戦後厚生省がなりふり構わず行ったのが「援護法の拡大解釈」による主婦や子どもなど非軍属への援護金適用である。

国は大田中将の「沖縄県民に対して後世になっても特別の配慮をお願いする」という遺言を忠実に執行するため、あえて「歴史の捏造」をしたと言うことができる。
<中略>
それが、「沖縄戦の歴史が捏造(ねつぞう)され、援護法という国の政策で肉親が無断で合祀された」と言うことになる。

翻訳すればこうなる。

「国は大田中将の遺言を守るため、援護法を拡大解釈し本来なら軍人だけに支給される援護法を、主婦や6歳以下の子どもにまで適用し、援護金を支給した。 適用の条件として軍に対する壕提供や食料提供の他に『軍命令による集団自決』も含まれたいた」

これが「国による歴史の捏造」の意味である。
従って原告側が戦没者の冒涜云々を主張するなら、少なくとも長年にわたって受給してきた「援護金」の総額を叩き返してから、訴訟を起こすべきではないか。

「援護金」の非軍属以外への例外的支給は沖縄だけである。

国が行った善意の「拡大解釈」を享受し、カネだけは貰うが合祀は許せない・・・これではヤクザの言い掛かりと言われても仕方が無いではないか。


大田実海軍中将の言葉に多くの日本人が感動・共感し、また祖国と切り離された沖縄の事を思うが故に
沖縄戦で亡くなった方、そのご遺族の力になるためにと
法の拡大解釈をして本来対象ではない援護金を、支給しそれを日本国民が黙認していた。



戦時中の沖縄県民は日本を守る為に必死で働いたのだと思います。


その働きに対して太田実海軍中将はとても感謝していたのだと思います。


沖縄県の復興には戦時中に一所懸命頑張っていた沖縄県民と
その事を適切に評価し、本部へしっかりと伝えた太田実海軍中将
ならびに、太田実中将の電文を胸に刻みそれに答えた政府、日本国民そして御皇室の御配慮があったからこそなのではないでしょうか。

沖縄県民はその事を忘れてはいないでしょうか。


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  by hiro0815x | 2012-06-16 16:38 | 沖縄

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